『しかし私は、この「わからなさ」に耐える能力こそが、
知性なのではないかと思っている。
知性とは頭の良し悪しではないし、知識の量でもない。
何か課題を与えられたとき、大学生でも「わかんねえし、俺」と言って
投げ出してしまう人は知性がない。
(中略)
「思考の粘り」のある人は、知性があると言えるだろう。』
(齋藤孝 「子供に『退屈力』をつけよ」より引用、一部省略)
先日、中学二年生の読解で出てきた文章です。
なるほどなぁ、といつも思ってしまいます。
本当に子供のためになる、「知性」。
実はこれは個人的にかなり、意識している部分でもあります。
こちらで答えを教えてしまうことは、簡単です。
しかし、それで身につく子供たちの能力とは、一体なんでしょうか。
そもそも現実の世界に、明確な「答え」などあるのでしょうか?
「答え」などない中、試行錯誤して自分なりの「答え」を見つけていく。
むしろ人生とは、その連続ともいえるかもしれません。
私は、本当の「知性」とは
この先どんなことがあろうとも、自分自身の力で
力強く生きぬいていく力のことであると思っています。
その力をつけるためのお手伝いが、少しでもできればいいなと考えています。