1669年、ドイツの錬金術師ヘニッヒ・ブラントは、大量の尿を煮つめていました。
黄金の色をした液体から、金が作れるのではないか - そう考えたのです。もちろん金はできませんでした。かわりに出てきたのは、暗闇でぼんやり青白く光る、ろうのような物質でした。
これが、人類が意識的に発見した最初の元素、リンです。
単体は:黄リン(猛毒・自然発火)と赤リン(安定)など複数の形
名前の意味:ギリシャ語で「光を運ぶもの」
🔑 中学理科とのつながり:燃焼(2年)/骨と体のつくり(2年)/肥料と植物の成長(1年)
同じ元素なのに、性質がまるで違う
リンには、性質のまったく違ういくつかの形(同素体)があります。
- 黄リン(白リン):空気中で自然に発火する猛毒。水中で保存する
- 赤リン:比較的安定で毒性も低い。マッチの箱の側面に塗ってある
同じリン原子でできているのに、片方は放置すると燃え出し、片方は日用品に使える。原子のつながり方が違うだけで、こんなに変わる - 同素体のおもしろさです(酸素とオゾンも同じ関係でしたね)。
マッチをすると火がつくのは、こすった摩擦熱で赤リンが反応し、頭薬に着火するから。「マッチの箱がないと火がつかない」のは、燃える成分が2か所に分けてあるからなのです。
あなたの骨の中に
リンは、体の中でカルシウムに次いで多いミネラルです。
骨や歯は、リン酸カルシウムという化合物でできています。カルシウムだけでは骨は作れません。リンとセットで、はじめてあの硬さが生まれます。
さらに重要なのが、次の2つです。
- DNA:遺伝情報を記録する分子。その背骨にあたる部分がリン酸でつながっている
- ATP:体のエネルギーをやりとりする分子。「エネルギーの通貨」と呼ばれる
メンデルが見つけた遺伝の仕組みも、その正体をたどればリンにたどり着きます。そして、いま指を動かすのに使っているエネルギーも、ATPからリン酸が外れるときに取り出されたものです。
記録することと、エネルギーを運ぶこと。生命のもっとも根本的な2つの仕事を、リンが担っています。
枯渇が心配される資源
窒素・リン酸・カリウムは肥料の三要素と呼ばれ、作物を育てるのに欠かせません。
窒素は空気から作れます(ハーバー・ボッシュ法)。ところがリンは空気にありません。リン鉱石という限られた鉱物資源を掘るしかないのです。
産出地は世界のごく一部に偏っており、日本は100%輸入に頼っています。「石油より先に枯渇するかもしれない資源」として、下水や家畜のふん尿からリンを回収する研究が進められています。
尿から発見された元素を、いままた尿から回収しようとしている - 350年めぐって、話は元の場所に戻ってきたわけです。
🧪 やってみよう!【問題】同素体を考える
同じ元素からできているのに性質が違う物質を「同素体」といいます。
① 黄リンと赤リンの性質の違いを1つ挙げましょう。
② 酸素の同素体を答えましょう。
③ 同素体があるのに、混合物とは呼ばないのはなぜですか。
▶ 答えを見る
① 黄リンは空気中で自然発火する(猛毒)、赤リンは安定で発火しにくい。ほかに、黄リンは水に保存する/赤リンは保存が容易、など。
② オゾン(O₃)。ふつうの酸素(O₂)と同じ元素でできています。
③ 混合物は2種類以上の物質が混じったものですが、同素体は1種類の元素だけでできた純粋な物質だから。違うのは原子のつながり方(構造)だけです。
※ 炭素の同素体(ダイヤモンドと黒鉛)は最終回で詳しくやります。
まとめ
金を求めた錬金術師が、尿の中から見つけた光る物質。それが骨をつくり、遺伝情報を綴じ、エネルギーを運んでいました。
探していたものは見つからなかったけれど、もっと大事なものが見つかった。科学の歴史には、こういう発見がたくさんあります。
⚛️ シリーズ「この世はすべて元素でできている」全20回
①水素/②ヘリウム/③窒素/④酸素/⑤ナトリウム/⑥マグネシウム/⑦アルミニウム/⑧ケイ素/⑨リン(この記事)/⑩硫黄/⑪塩素/⑫カリウム/⑬カルシウム/⑭鉄/⑮銅/⑯亜鉛/⑰銀/⑱ヨウ素/⑲金/⑳炭素
次回は第10弾、硫黄。温泉のにおいの正体であり、理科室の定番実験の主役です。